いっぱいかあさん

育児の絵日記です。たまにゲームの話。

【ネタバレ】シン・エヴァンゲリオン劇場版観てきました

肯定的な内容の感想。

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入場者特典より

初めてエヴァのTVシリーズを見たのはシンジたちと同じ中学生のころだった。旧劇場版を見たのは10代後半だったと思う。

新劇場版の公開は2007年、「シン」の公開である2021年までのあいだに、私には子どもが2人生まれた。上の子はもう小学生だ。

大人になり、親になり、作品における親のことを考えてしまうようになった。それは先日、自費出版した「私の息子が異世界転生したっぽい」でも触れた。

親の存在のことだけでなく、子どもに対する親の在り方というものも考える。

大人になり親になり、私は子供を守る側になった。

今でもアニメもマンガもゲームも大好きだけど、大人と子どもが出てくると、その大人の行動が適切なものなのかか考えてしまう。

 

なぜ子どもを止めないのか、大人が身を挺して子どもを守らないのか。子どもに対する言動はもちろん、未成年者と恋愛関係になったり体に触れる展開を見ると、まず法律や良識が頭をよぎる。

子どもが世界を背負い、傷つき、時には死に至ることさえある物語の世界。そういったものに心惹かれていた子どものころの私を無視するように。

ルールや束縛というものが(監視レベルの行き過ぎたものもあるが)わずらわしかった。大人扱いされたかった。自分で自分のことを決めたかった。そんな子どもとしての私の衝動はたしかに存在していたはずなのに。今は大人になってしまった自分が、「それも未熟な子どもを守るために必要なことだった」と言い負かしてしまう。
でも、それを子どものときに好きだった作品に感じてしまうと、前のようには楽しめないことがさみしかった。

エヴァも同じだった。


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歳の少年少女たちに背負わせるもの大きさに、大人として「もっと方法はなかったのか」という気持ちが湧いてしまっていた。(エヴァの仕組み的なことはおいといて)
少年少女をエヴァに乗せて最前線で戦わせるわりに、子ども扱いして説明もろくにしない。メンタルケアもないがしろ。「大人のキスよ」だって、かっこいい!と思っていたのに…

はじめてエヴァを見たころの10代の私が聞いたら「これだから大人はつまんねーな。これは物語なんだから楽しんだらいいのに」と絶対に言う。私もそう思う。アニメを観ていたら後ろから親が「こんなの現実ではありえない」と言って白けさせる類の感想だという自覚はある。

とはいえ、「シン」は劇場に観に行きたかった。私にとってエヴァは、10代のころからずっと触れているコンテンツだ。子どもに観た(読んだ)作品を見返して倫理観が先立ってしまう、ということは何度かあったけど、監督自身の手で作り直された作品を見るチャンスというのはあまりない。だから、観たかった。

行く前に序・破・Qのストーリーをおさらいするためにもう一度全部見返した。シンジたち少年少女の境遇や背負わされたものが大人の都合ばかりで、不憫だった。子どもたちの成長という側面があるのもわかるけど、かわいそうでならなかった。子どもの私曰く「つまんねー大人」の感想だった。

今の自分が「シン」を見て何を思うか不安だったけど、劇場へ行った。

 

結果的に、観てよかった。

これまでのことに真正面から答えを示してくれていた。未来がどうなったのか、と想像させるのではなくすべて描いてくれた。

あの頃の登場人物たちの救ってほしかったところを、向き合ってほしかったことを、すべて。
それは、自分が大人になってエヴァのキャラクターたちに対して抱いた気持ちをすべて解いてくれたように思う。

感情のないレイには感情を。

エヴァにしか居場所がないと思っていたアスカには別の居場所を。

トウジやケンスケやヒカリといった、過去の(TV版やマンガでも)シリーズで辛い最後になった子どもたちには、大人になる未来を。

ミサトは、あのときエヴァにシンジを乗せたことをずっと後悔していた。「大人のキス」でなく、言葉と行動を尽くしシンジを抱きしめるミサトは、大人であり保護者だった。

他のシリーズではゲンドウに利用され、愛情と憎しみの果てに彼を殺そうとする狂信的な女として描かれていたリツコは、自分のためではなく大切な人々を守るために彼を撃った。

そして、自分の選択が世界を壊したと自分を責めていたシンジには、「子どもの選択は大人がバックアップとフォローをする」と、大人たちが説明をし、はっきりと伝えた。

ゲンドウ”少年”の姿が描かれたことも、驚きだった。最後まで「憎き父親」の立場でいくのかと思っていた。どんな大人にも子ども時代はあるということなのか、親もまた子どもによって変わるということなのか。


あらゆる描写が、優しかった。傷だらけのままだったキャラクターたちが、愛情に包まれていた。子どもたちが幸せになったし、大人は責任を果たした。


大人に・親になってから、過去の作品を子どものときのように楽しめなくなった人で、過去にエヴァを好きだった人にこそ見てほしい。物語に、良識的な大人の感想やツッコミを入れてしまうようになった人にこそ、見てほしい。*1
結局この感想だって、子どものときの自分が聞いたら、「つまんねー大人」の感想だと言うに違いない。

でも、この作品は「大人になると、こういうのがいいんだよ」と言える気がする。

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パンフレットより



 

大人になりきれなかった感想

  • あああああああすごくよかったあああああもう!!
  • 4DXでもう一回観たい
  • エッフェル塔
  • 艦船を盾にするわ、ぶつけるわ、何から何までよかった。
  • ネルフ本部突入よりあとは、何がどうなってそうなっているのかさっぱりわからなくて宇宙猫顔だった。ごめんなさい
  • 第3村のレイが、シンジやゲンドウを救う存在以外の「自分」を見つけていく過程が、とても丁寧に描写されていた。新劇より前の作品では、主にこの2人との関わりによってしか感情を得られなかったレイが、それ以外の他者との関わりで感情を持ち、そのうえでシンジへ愛情を抱いたことは感動的だった。
  • アスカとケンスケがいい感じだったことがいちばんびっくりしたし、にやにやした。そのへんもうちょっと見たかったです…!!!
  • レイの死で泣く(1回目)
  • ミサトのハグで泣く(2回目)優しい、優しい抱擁だった。
  • ミサトの死で泣く(3回目)
  • アスカで泣く(4回目)ケンスケの存在の大きさよ。あの人形に言わせていた言葉を、ケンスケがかけていてくれたということ。惣流ではなく式波になったのは設定の変更があったから、という話は聞いていたけど、なるほど生まれた経緯がもう違うのね。惣流も式波も、優秀であることを望まれた生命だった。彼女はエヴァにすべてを捧げていた。だから、エヴァに関わりのない(加地でもなくシンジでもない)、ケンスケとの生活が、どれだけ「守りたい」ものだったのかは、痛いほどわかる。それをくだらないと笑うのではなく、守りたいと思ってくれたこと、それ自体がうれしい。
  • シンジは適切な支えを受けたうえで、大切な人たちを救う選択をした。その選択の上で、結局は大人が救われた。子どもによって救われたのは親と大人のほう。
  • シンジの自己犠牲をユイが引き受けるシーン泣いた(5回目)
  • みんな幸せになってて泣く(6回目)
  • ポスターの意味深な右の空間について誰か考察ください…
  • 最後、共にいるのはレイでもアスカでもなくマリなんだ!という驚き
  • 次第にエヴァの画面が線画になっていくにつれ、消えていこうとするシンジのことをマリは助けた。そしてマリとシンジは現実世界に生きることにした、ということでいいのかな?
  • 肯定的な感想を抱きはしたが、TVシリーズ・旧劇・マンガのすべての悲壮な展開があってこその、今作の感動であると思う。リツコがゲンドウを撃ったシーンがいちばんすっきりしたけど、それもリツコのこれまでの散々な扱いがなければなかったわけで。
  • カヲルもゲンドウも旧劇(やTV、マンガも?)の結末を把握しているのかなってセリフから思ったけど、それはメタ的な意味なのか、旧劇のあとなどに何かを使ってループしたのか気になる。セリフもアイテムも多すぎて…

*1:これは適切な表現が時代と共に変わること、規制に対するものではない。それはとても大切なことだし、私は前向きに受け入れており、ついていきたいと思っている。